スーツを着てネクタイを締めて満員電車に乗りやがって論

社会人生活の入口の、すごくどうでもいい箇所で反発してると

もっと先、重要な部分で戦うまでに力尽きてしまいます。

 

勝負所で、味方がいないのは非常に痛い。

いらない摩擦で消耗したくない。

 

コミュニケーションで不愉快を感じさせないための「普通になる」のは

コンテンツを磨く努力とは別に必要な作業だと思います。

スーツを着て通勤するから、話がつまらなくなったわけではない。

 

社会性を身につけてなくなる程度の「創造性」など

最初から存在しなかったんじゃないか。 

 

もし、引っかかる部分が何度も繰り返しやってくるなら

その組織にあってないか、自分が社会生活に向いてないかのどちらかなので

今後の身の振り方を考えた方がいいでしょう。